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美しい言葉 1 [写真]

 

 カメラを始めた人の殆どが、その喜びを今までは気が付かなかった自然の微妙な変化や季節の移ろいに目が向くようになり、それまではただぼんやり眺めていた道端の草木や隣の庭の花々、空を流れる雲、そういった一つ一つに心に留まるようになったことだと語る。私自身も例外ではない。ここのビルの壁は午後2時くらいから光があたる、この裏通りは9月頃太陽が真西に下りてくる、札幌で一番最後に咲く桜は道庁だ、などと何度も通っているうちに色々なことがわかってくる。確かにカメラを持つまではそのどれもに気を止めず、考えてもみなかったことだ。毎日外出したとき、ただぼんやり視界に入っていた光景を、意識してみるようになって、色々なことが見えてきたときの驚きと言ったらない。まるで自分の目が顕微鏡になったような感動であった。しかし、私にとってもっと大きな収穫は、カメラを通して出会った人たちの美しい純粋な心から出たことばに触れたことだ。
心に残ることばを書き留めておこうと思う。

写真道展に始めて応募して落選の通知を聞いたのは、海外旅行先のギリシャであった。電話先で夫が落選の葉書が届いているよといっているのを聞いても、やっぱりそうだろうな、でも応募しただけで感激だなどと、全く残念と思う気持もないほどたわいもない時期だった。帰ってから初めて道展なるものを見に行って、これでは私の写真なんか入るはずがないと納得した。どうやって撮ったのかさえ分からないような高度な技術の写真がたくさんあって、ただただ感心してみてきた。そして帰り際に.入り口で売っていた写真集を5冊買ってかえった。それからどういうものが写真になるのか、何度も見て道展にはいるための写真の研究が始った。

第4部社会福祉の中に車椅子マラソンの写真があった.それまで車椅子マラソンなど見たこともなかったし関心もなかった.しかし写真を撮るために私は真駒内の競技場に行ってみることにした。その日は朝から大雨で、こんな天候でも競技があるのか不安になった私は電話で確かめてから出かけた。真駒内についたときは、すでに競技が始っている時間だった。グランドにはいる余裕のない私は、コースになっている場所で背景のいいところに三脚を低くセットして、選手が来るのを待ち構えた。芝生は雨をすっぽりかぶって、靴は早くもびしょぬれだった。やがて、一団の姿がみえ始めた。レンズを覗いてシャッターを半押し状態にしている私の前をあっという間もなく、数人が通り過ぎていった。そのあまりの速さにピントを合わせる間もなかった。車椅子マラソンはこんなに早いものとは驚きだった。

やがてグランドの中に入った私の目を驚かせたものは、誰もいないスタンドだった。この今日競技場で行われるどんな競技だって大勢の応援客でうずまっている。しかし、今日のスタンドは人っ子一人いないのだ。雨のせいもあるが、やがて私はその理由がわかった。この競技は関係者だけで行われているのだ。競技に出る選手とその手伝いをする家族、進行役のボランテアの人たち。応援のためだけに見物に来ている人はいないのだ。私は、カメラを手にしてこんなことをしていていいのだろうかといたたまれない気分になった。しかし,やがて、自分と同じような人の姿を数人見つけてほっとした。雨にぬれたグランドは鏡のように全てのものを映してそれは美しかった。やがてゴールを目指して、選手が全力の疾走をして帰ってきた。激しいデッドヒートでゆがむ苦痛の顔、躍動する腕の筋肉、飛び散るしぶき、夢中になって私はシャッターを押し続けた。

その写真で私は始めて写真道展で入賞することができた。翌年も柳の下のどじょうを狙う気持で私はまたでかけた。そのとき耳にしたことばほど私の心に鮮烈に残っているものはない。

私は去年とは異なる視点からの被写体を探そうと、きょろきょろあたりを物色していた。競技に参加している一家族が目にとまった。車椅子に乗った母親を可愛い女の子が押している。とっさに「あ、これは写真になる。」と考えた私はすぐ近づいて声をかけ,何枚か撮らせてもらった。そこへ競技を終えたご主人が戻ってきた。奥さんはニコニコして「お父さん、たくさん写真を撮っていただいたのですよ」と声をかけた。そのことばを聞いて私は落雷にでも打たれたようなショックを受けた。ただただ道展に入るような写真が撮りたくてカメラを向けていた私。醜い私の心を恥じ入るしかなかった。

子供に伴走して汗だくになりながら一緒にコースを走る母親、夫の車を押しながらともに走るお腹の大きな奥さん。そのどれもが私が始めて目にした世界の美しい光景だった。

〔たくさん写真を撮っていただいたのよ。〕今でもこのことばを人に話す度に涙が出てきて仕方がない。私がカメラを手にして初めて接した最も美しいことばだ。


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馬爺

私も同僚のお子さんが小児麻痺で通う学校の運動会に写真を頼まれて写しに行った時始めて見た光景は足が悪くても一生懸命走る子や知恵遅れの子供達が懸命に競技に興じているのを見てシャッターを押すどころか自然と涙が出てファインダーが見えなかった、幼い子供達もこんなにハンデをものともせず頑張っている姿を見てくじけそうに成った時には健常者が頑張れないはずは無いと自分に言い聞かせております。
自分自身もいい経験に成った一日でした。
by 馬爺 (2016-08-06 07:36) 

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